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赤字企業にTNMMは有効か?
- タイの税務調査では、赤字企業ほど厳しい税務調査にさらされます。そして、たいていの場合、当該企業の売値が安すぎるのではないか、ということになり、税調係官との間で、いわゆる移転価格税制がごときことが問題となるわけです。移転価格税制がごとき、と言っているのは、歳入法典には実際移転価格税制に関する規定がないからです。あくまで、資産の低廉譲渡禁止規定や高額購入禁止規定の範囲で「市場価格」が問題とされます。
- 税務当局側は、これが当局内部が持っている同種企業の粗利率である、それに比べてお前のところは大変低い、同じ粗利率で売上を上方修正せよ、といった勧奨(慫慂)がなされます。そのあとは、この率じゃ高すぎるとかもう少し何とかならないか、といった論理ではなく人情に訴える交渉を経て、最終的に自己修正申告に至ります。パッポンの土産物屋で買い物したことがある方なら、想像がつくと思いますが、それと同じことが起きるのだ、と著者はクライアントによく説明したりします。当局側や場合によっては納税者が雇った税務コンサルなどが、このままだと召喚状が出て、さらに税務調査が面倒になり、かつ、税務調査が長期化する結果、還付請求などしている場合はその還付もなかなかしてもらえなくなるぞ、最悪もっと多額の追徴課税を受ける結果となるかもしれない、などと脅されて、法人税申告とVATの売上高上方修正に応じてしまうといった企業が多いです。
- しかし、当局の言う通り売上高上方修正に応じたとしても、まだこの点が残っているなどと言われて、税務調査はなかなか終わらないなんて言うことはざらにあります。また召喚状は出さないぞと言われても結局出されたります。そもそもそういった恫喝があっても、当局もそう簡単に召喚状を出す訳でありません。また、召喚状が出たとしても、税務係官が言うほどに厳しい税務調査というわけでも実際ありません。つまり、税務当局の勧奨にいたずらに応じるメリットはあまりないのです。そもそも、歳入法典第65条の2 (4) に定める低廉譲渡禁止規定では、市場価格による査定権限を査定官吏に付与しているだけで、査定官吏の査定なしで自ら売上高を上方修正することは予定されていないのです。仮に自分で売上高を上方修正したとしたら、実態が合わなくなるので整合性をどうとったらいいのか?例えば、国内売上も上方修正したとしたら、タックスインボイスも修正して顧客に渡さないといけないのか、対応的調整は果たしてできるのか、など様々な疑問点が生じます。
- ところで、この低廉譲渡禁止規定等に定める「市場価格」の算定に関しては、歳入局通達No.113/2545号が発行されています。この通達により、いわゆる移転価格文書(OECD移転価格ガイドラインでも推奨されている10種類ほどの文書、移転価格レポートともいいます)を作成して関連取引の価格が独立事業者間価格であることを示せれば、査定官吏は、一定の条件付きではあるが、当該取引価格を市場価格として取り扱うものとしたのです。タイに移転価格税制が導入されたといわれる根拠ともなっています。
- 独立事業者間価格の算定方法として、伝統的三法というのがあります。個別の製品について、同じ製品で同じ取引条件にある価格や粗利などの比較可能情報を探してきて対象となる取引価格と比較する手法です。これらは現実的にかなり難しい。もし会社が同じ製品を非関連会社に販売していれば内部比較情報として使用することも可能かもしれませんが、そうでないと外部の競合会社等からそういったデータはまず入手できない。ところが、今では、営業利益を比較するTNMM(取引単位営業利益法)をOECD移転価格税制ガイドラインが採用したことを起因として、移転価格文書での取引価格の検討言えば、猫も杓子もTNMMといった状態です。TNMMですと、個別の製品毎に比較情報を比較するのではなく、同種の比較企業の営業利益と会社の営業利益を比較すればよい。つまり、データベースで数十社の同種企業の営業利益率を抽出して、その平均値と会社の営業利益率比較するといった手法で移転価格分析を行うので移転価格文書の作成が現実的にかつ容易になったわけです。日本では、大手監査法人系税務コンサルをはじめ、多くの税務コンサルが移転価格文書を転ばぬ先の杖で作りませんか、といった具合で営業合戦が始まっています。ただ、このTNMMは、最初からTNMMありきで移転価格分析が行われすぎているきらいがあります。
- 驚くべき話としては、赤字企業であるのにそのままTNMMで移転価格文書を作成しようとする税務コンサルまでいるくらいです。一体、赤字企業、正確にいうと検証対象利益が赤字のままでTNMMを使っても、関連取引の価格は独立事業者間価格ではないという結論になるだけで、そんな結論の移転価格文書を税務当局に提出して、いいことはないと思うのです。うかつに出したら、営業利益ベースで利益が出るまで売上高を上方修正することを迫られる、これはタイ税務当局からしたら大勝利で、納税者はいわばカモネギです。税務調査に使える代物では決してない。先日もBIG4系税務コンサルが作成した移転価格文書がまさに赤字企業にTNMMをそのまま適用した内容になっており、結論すらありませんでした。タイでは請負の概念定義が広く、コンサルタントの業務も請負と解されるそうですので、税務コンサルの移転価格文書作成業務も請負業だとすると、当該移転価格文書が税務署への提出の予定していたのだとしたら、当該業務には明らかに欠陥または瑕疵があるといっていいでしょう。
- ふつう、税務当局は赤字なら、粗利のマイナス分を減少又はなくすよう売上高上方修正を勧奨することはあっても、営業利益がプラスになるまで売上高上方修正を勧奨することは、著者の経験上はありません。税務調査中の赤字企業の場合、移転価格文書を作っても、会社が採用している関連取引の価格が独立事業者間価格とする結論でない限り、通達No. 113 / 2545号によって、査定管理は当該取引価格を「市場価格」としては認めてくれず、かえって墓穴を掘ることになります。赤字企業の場合、紋切り型に移転価格文書を作成するのではなく、TNMMに至る前に他の価格算定方法は使えないのか、TNMMを使うにしても検証対象企業のPLを一括してそのまま使わずに営業利益が出る状態にしてから検証できないのか、など、いろいろ検討しないといけません。それでもいい結論が出ないなら、移転価格文書を作る必要はありません。今のところ、文書化は納税者の義務にもなっていないのですから。
- しかし、今後、移転価格文書が法制化された場合、これは大問題となるでしょう。もし、その当局に提出するべき文書がいわゆる移転価格文書と同じものだとすると、どうにかして関連取引にかかる価格が独立当事者間価格であることを結論づける資料作りあるいは価格の再見直しが必要になってきます。それが無理ならいさぎよく白旗を挙げて、税務当局からきちんと賦課決定を受けて、日本の税務当局からの相互協議、対応的調整など、筋を通した処理をしていくべきだ、と著者は考えます。
- 長くなりましたが、本年も本タックスニュースをご愛読いただき、誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。
中小企業会計基準(SME基準)- 税効果会計について(つづき)
最新法令一覧表
重要法令・ルーリング全訳・解説
最高裁判所判決要旨第15345/2558号
複数のBOI事業を有する企業におけるBOIから生じた損失の計算方法、召喚状なしでの賦課決定通知の有効性、異議申し立て中の税務債務と付加価値税還付金の相殺の有効性
不良債権の償却に関する財務省令 (第321号)
不良債権の償却について
所得税及び特定事業税に係る歳入局長通達 (第2号)
国際統括事務所(International Head Quarter)に対する所得税及び特定事業税の免税に関する規則、手続き及び条件
所得税に係る歳入局長通達 (第277号)
国際貿易センター(International Trading Center)を営む会社に対する税の減税に関する規則、手続き及び条件
所得税に関する歳入局長通達 (第278号)
特別経済開発区内に設立される会社又は法人格を有する組合に対する税率に対する税率の引下げに関する規則、手続き及び条件
所得税に関する歳入局長通達 (第279号)
ベンチャー・キャピタル企業への投資者に係る所得税免税に関する規則、手続き及び条件について
付加価値税に関する歳入局長通達 (211号)
歳入法典79条(4)に規定する課税標準の価値には含まれない対価の性質及び条件に関する通達
産業振興局通達
仏暦2559(2016)年事業年度における財務諸表の提出に関するガイドライン
投資奨励委員会布告 第ポー5/2559号
電子投資奨励システム(e-Investment Promotion)によるサービス提供に関する規則
投資奨励委員会布告 第ポー6/2559号
電子投資奨励の実施について
関税局通達 第144/2559号
関税貨物代理人による不正行為または詐欺行為に対する関税局の防止対策
国家平和秩序評議会命令 第65/2559号
付加価値税率の減税
歳入局ルーリング 第ゴーコー0702/6602号
従業員の背任行為により支出が生じた場合に係る法人所得税
歳入局ルーリング 第ゴーコー0702/7884号
マネジメントサービス料及情報システムサービス料を海外へ払った場合に係る法人所得税